中流域に向かって辿ってみます。
根木名川は富里市の根木名から成田市内を流れ利根川に注ぐ、長さ17.7Km、
流域面積は86.8平方キロの1級河川です。

根木名川の水源地は富里市の根木名にあります。
地図を見ると富里中央公園あたりから流れ始めています。

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富里中央公園は、野球場や四季の森と名付けられた森、湿性植物園などがある
広い公園で、富里市役所に隣接しています。

湿性植物園の奥まで進むと、大きな岩を組み上げた場所があり、
岩の間からかすかに水が湧き出しています。

どうやらここが水源地のようですが、水源を示す説明板などはありません。

この岩組みの先は土地が高くなっており、住宅が並んでいます。
上の住宅地や林の下を流れた雨水が、この岩組みの下から湧き出しているようです。

水量はわずかですが、かすかに流れは感じられます。

誘導された水が溜まる池には沢山の鯉やメダカが泳いでいました。



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湿性植物園を水路に沿って進むと、湿原が広がっています。
一面の葦原で、水面はほとんど見えません。
この湿原の先は高い土手になっていて、その上は国道296号線です。
国道に上って土手の反対側を覗きましたが、川は見えません。
地図にもこの辺りには川を示すものが見当たらず、数百メートル離れた旭が丘ニュータウン
のあたりから姿を現わします。

ニュータウンの下にある遊水地です。

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足下を流れているはずなのですが・・・

下流に向かってしばらく同じような景色が続きます。
根木名川は田んぼの向こうの丘の下を流れているはずです。



浅間神社の近くまで下ってくると、川幅は狭いものの、流れはしっかりとあり、
川らしい景色になってきました。
傍らにお地蔵さまが立っています。
「子育延命衹願地蔵尊」と書かれています。


根木名ニュータウンを過ぎ、しばらく進むと「ほたる橋」がありました。
このあたりには初夏にホタルが舞うのでしょうか?
最近は農薬や河川の護岸工事の影響で、めったにホタルを見ることがなくなりました。

この川の景色を見ると、まだホタルはいるかもしれませんね。

さらに下流に向かって進むと、「潮音寺(ちょうおんじ)」があります。
潮音寺は日蓮宗のお寺で、寺伝によれば大同年間(806~810)の創建という
大変古いお寺です。

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手入れの行き届いた境内には「ボケ封じの観音様」や「慈母観音」「水子地蔵」、
そしてペット霊園などがあり、「ぼけ封じ関東三十三観音霊場第一番札所」になっています。
ボケ封じにも関東三十三観音霊場があるなんて、初めて知りました。
調べてみると、千葉県に8ヶ所、東京都に2ヶ所、埼玉県に10ヶ所、茨城県に3か所、
群馬県に2ヶ所、栃木県に8ヶ所と、確かに33ヵ所ありました。
結願寺は茨城県稲敷市の「無量寿院逢善寺」です。


志茂橋を渡った対岸は成田市です。
まだ流れは小さく、長沼や荒海地区を流れる根木名川は想像できません。

志茂橋を渡って少し坂を登ると「茲眼寺」があります。
無住のお寺で、県の宗教法人名簿や成田市のリストにもその名は載っていません。


寺額には「東照峯」とあり、本堂の内部には埃まみれの厨子がありました。


草と苔に埋もれた仏石からは、かろうじて寛文、元禄、享保、嘉永などの年号が読めます。
350年近い歴史が埋もれているということでしょうか・・・


再び志茂橋に戻りましたが、ここからは成田市側を進みます。

志茂橋から見えていた東関道はずっと後ろになりました。

小さな支流の合流もあります。

空港に向かう京成電車が根木名川を渡って行きます。


成東橋のたもとには2体のお地蔵さま。
文化十四年(1817年)と記されています。
この辺りから根木名川の両岸に遊歩道が整備されています。

今では想像もつかない流れですが、かつてこの根木名川は度々氾濫して、流域に大きな
被害をもたらしていました。
昭和7年に本格的な改修工事が行われましたが、9年間にわたる工事は十分な成果を
上げられず、昭和16年にも改修工事を行ったものの、戦時中であったため物資不足から
これもうまく行きませんでした。
『1957年6月、台風5号により根木名川が決壊した。1958年建設省から準用河川の
指定を受け、3億6000万円の国費投入が決定、翌年には根木名川用水対策協議会が
発足したものの、中小河川改修事業のため整備は遅れていた。その後、新東京国際空港
(成田国際空港)が設置されることになると、1968年より社会基盤整備の一環となる
空港関連事業として、根木名川と支流の荒海川・取香川・小橋川の改修が行われた。
その結果、許容量は30年前の約10倍となり、氾濫する流域が大幅に減少した。』
(「成田の地名と歴史」 成田市発行 P352)

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魚道が設けられています


遊歩道の傍らには四阿(あずまや)が設けられています。

清心橋の向こうに国道51号線の成田橋が見えます。
この辺りから下流の吾妻橋へは3月末に「根木名川の春」で散策しました。
根木名川の春 ⇒

昼前に源流を離れたのですが、もう夕闇が迫ってきました。
川幅が広くなった川面も黒く沈んで見えます。
根木名川の上空を、彗星のような飛行機雲が夕焼けに向かって流れて行きました。
2014-11-13 Thu 08:48:24 | ケノーベル エージェント