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sausalito

Author:sausalito
成田は新しいものと旧いものが混在する魅力的な街。歴史を秘めた神社やお寺。遠い昔から刻まれてきた人々の暮らし。そして世界中の航空機が離着陸する国際空港。そんな成田とその近郊の風物を、寺社を中心に紹介して行きます。

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多くの、実に多くのお寺が、明治初期の神仏分離と廃仏毀釈によって消えて行きました。境内に辛うじて残った石仏は、首を落とされ、顔を削られて風雨に晒されています。神社もまた、過疎化による氏子の減少や、若者の神道への無関心から、祭事もままならなくなっています。お寺や神社の荒廃は、古より日本人の精神文化の土台となってきたものの荒廃に繋がっているような気がします。   石仏や石神の風化は止められないにしても、せめて記録に留めておきたい・・・、そんな気持ちから素人が無謀にも立ち上げたブログです。写真も解説も稚拙ですが、良い意味でも、悪い意味でも、かつての日本人の心を育んできた風景に想いを寄せていただくきっかけになれば幸いです。                             このブログでは、引用する著作物や碑文の文章について、漢字や文法的に疑問がある部分があってもそのまま記載しています。     また、大正以前の年号については漢数字でカッコ内に西暦を記すことにしています。         なお、神社仏閣に関する記事中には、用語等の間違いがあると思います。研究者ではない素人故の間違いと笑って済ませていただきたいのですが、できればご指摘いただけると助かります。また、コメントも遠慮なくいただきたいと思います。

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正体見たり、釈迦堂の鬼
以前成田山の釈迦堂に棲む“鬼”について書きました。

どこを調べても何にも出てきません。
図書館で調べても、インターネットで調べても・・・
一体あれは何なのでしょう。



自分で正体を突き止めたかったのですが、結局お坊さんに聞いてしまいました。

ようやくその正体がわかりました。

「火伏せの鬼」と言うそうです。
昔からお寺にとって一番怖いのは“火事”だったので、
仏様の配下の鬼が“寝ずの番”をしているのだそうです。

納得しました。
高いところで梁につかまって、睨みをきかしていたのですね。



釈迦堂ー21
釈迦堂ー22

良く見ると正面と東側の屋根の下にも“火伏せの鬼”がいました。
いかつい顔であたりを見回しています。



釈迦堂ー23

正面の鬼の下には竜がいます。
竜の長い髪には水が含まれていて、消火に活躍すると考えられているそうです。



釈迦堂ー24

釈迦堂の壁面には島村俊表作の二十四孝12枚の彫刻がはめ込まれています。



釈迦堂ー25
釈迦堂ー26

そして、狩野一徳の下絵をもとに松本良山が10年かけて彫った
五百羅漢を見ることができます。

金網に守られていてちょっと見にくいのですが、
豊かな表情が並んでいます。



釈迦堂ー27
釈迦堂ー30

樋を伝わって落ちる雨水をためる大きな桶が、角かどに置かれています。

火事に対する強い警戒が感じられます。



釈迦堂ー31

一番初めに見つけた鬼のいる西側に回って見ました。
二十四孝の彫刻が見えます。



釈迦堂ー28

離れた場所からあの鬼をあらためて見てみました。
初めて見つけた時は笑っているようにも見えた鬼の顔ですが、
「火伏の鬼」と分かって見る顔は、「火つけ・失火は許さぬぞ」と、
油断なく辺りを見張る厳しい顔でした。





香閣越しに見る釈迦堂は、
さすがにかつて本堂であった風格が備わっています。

鬼たちも、これまでの長い年月を、そしてこれからも、
しっかりこのお堂を守って行くことでしょう。



              ※釈迦堂(安政の本堂)
                釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩が安置されています。
                安政五年に建立された旧本堂で、
                仁王門から登って行くと本堂の向って左にあります。
                重要文化財。
                




テーマ:千葉県 - ジャンル:地域情報

成田山 | 18:42:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
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